I wanna be your friend.


「友達になってみたかったな」

 沙樹がそうぽつりと呟いたので、正臣は読んでいた雑誌から顔を上げた。そして、隣に座る彼女の手元を見て、ああ、と合点がいったように笑う。
「すぐに友達になれるって。ふたりともすげーいい奴だから」
 その言葉に、彼女は一度眼を瞬かせてから、ふわりと砂糖菓子みたいに微笑んだ。
「うん、そんな気がする。だって、正臣の大好きな人達だもんね」
「大好きっていうかまあ……帝人も杏里も危なっかしくて放っとけねえだけなんだけど」
 正臣は「危なっかしくて」という言葉を強調しながら、顔の前でひらひらと手を振った。仕草が大袈裟なのはいつものことだ。彼なりの照れ隠しなのだろう。
 沙樹の真っ直ぐな物言いは、昔から正臣を少しだけ戸惑わせた。けして間違ったことは言っていない。むしろ、充分すぎるほど的を得ている。だからこそ、彼は茶化さずにはいられないのだろう。
 沙樹はふふっともう一度穏やかに笑って、自分の手元に視線を落とす。
 その手には、正臣の携帯電話が握られていた。
 

「ていうかお前も好きだよなあ……この前見せたばっかりだろ」
 沙樹が正臣に携帯を見せて欲しいと頼むのは、そう珍しいことではない。正確にいえば、彼女は正臣が撮影した写真が見たいとねだるのだ。正臣としては自分の様々な情報が入った携帯を人に見せるのは気が進まなかったけれど、普段滅多に主張しない彼女からの頼みには弱く、写真以外は見ないという約束で、彼女に携帯を預けたのだった。それに、彼の携帯には見られてにまずいものが入っているわけでもない。高校を退学する前に、たいていのものは消してしまっている。
「ずっと見てても飽きないよ」
 彼女は写真をひとつずつゆっくりと眺めながら、順にスクロールさせていく。
 その多くを消去してしまったらしい携帯の中で、それでも消せなかったいくつかの写真が彼女の手元を流れていった。それは、沙樹と正臣が初めて出会った頃のものもあれば、来良学園に通っている最中のものもある。枚数はそれほどではないけれど、やはり来良に通っていた頃のものが圧倒的に多かった。小さな画面の中では、少年が、少女が、こちらを向いて幸せそうに笑っている。

 沙樹は、他人が撮った写真を見るのが好きだった。
 その人がどういった眼差しで世界を見ているのかが分かる気がするから、というのが彼女の弁だ。それがあくまでも自分の想像でしかないと分かった上で、彼女はその見えるつもりになっているものに思いを馳せるのが好きだった。
 そう、彼女が写真を通じて見ているのは、被写体ではない。撮影者の方なのだ。

 小さな携帯の画面に映されたその写真からは、正臣の彼らに対する想いが伝わってくる。

 彼女はそっと目線だけを上げて、隣に座る正臣を見つめる。彼は沙樹の手元に映る友人達を見つめて、ひどく優しい笑みを浮かべていた。

 彼が自分の恋人であることに、彼女は何の不満も無い。はじめは臨也に言われるままにそういう関係になったけれど、それだけなら臨也の益にならないようなことを彼女がするはずもない。心底信頼している人間の意に背いてまで彼を助けようとするぐらいには、彼女は彼のことが好きだ。だめなところだって山のようにあるけれど、それすら含めて愛おしいと思う。
 けれど彼女は、彼が撮影した写真を見るたびに思うのだ。

「友達になってみたかったな」
 ――正臣と。

 恋人ではなく、友人に。
 優しく柔らかく、それでも恋人とは別の感情を向けられる、彼らのようになってみたかった。
 それは、我が侭だろうか。贅沢だろうか。


「すぐなれるって」
 紹介まで、ちょっと時間かかるかもしんねーけど。
 彼女の心の声が聞えるはずもない正臣は、頬を掻きながら沙樹の顔を見て笑った。彼のこの肝心なところでの鈍さですら、可愛いなあと彼女は思う。

「ありがとう。待ってる」
 至近距離の彼の笑顔に、彼女もまたにっこりと微笑み返した。

 

 でもたぶん、彼と友人になることは、もう永遠に叶わない。

 それだけを、残念に思いながら。